馬券考察

馬券における「流れ」について 2

前回の続きです。

前回記事

 

違う意味での流れ

ちょっと話を変えて、スポーツなどで使われる、流れという言葉について考えてみようと思います。

スポーツの試合では、よく、

「流れはいまうちにある」

とか、

「ここで流れを引き寄せる」

といった言い回しがされます。

オカルトチックな言葉ですが、スポーツにおいては、流れは存在すると思っています。

 

スポーツの勝敗は、確率に支配されているわけではなく、試合をする選手同士、チーム同士の、技量、知識、経験、戦術などに大きく左右されます。つまり運以外の要素です。もし、完全に運のみ勝負だったら、僕でも50%くらいの確率で井上尚弥選手に勝てることになります。ですが当然、実際はほぼ0%です。井上選手が、試合開始直後に著しい謎の体調不良に見舞われるなんてことが起きない限りは勝てません。

 

上記の例はちょっと極端すぎるので、バスケで、実力が互角程度のチーム同士の試合を考えましょう。

実力が互角という前提なので、試合は同じくらいの点をとりあって、あるいはお互いに点をなかなか与えずに進み、勝敗は、試合終了時間に、たまたま少しでも点をとっているチームが勝ちとなるでしょう。何試合かやっていくと、お互いに50%程度の勝率になるでしょう。

しかし実際は、そうならないことがあります。

例えば、片方のチームが、たまたま序盤にミスを連発して、大量に失点したとします。そうすると、失点を取り返そうと焦る気持ちが生まれます。焦りでさらにミスを重ねるとか、早く追いつきたくて無闇に3点シュートを狙ってかえってはずすとかいうことが起こるかもしれません。ミスそのものの罪悪感からプレイの精彩を欠くなんてこともあるかも。

一方、序盤に大量リードしたほうは、ここはチャンスとばかりに、士気があがり、プレイがよくなるかもしれません。少しくらい点をとられてもすぐには追いつかれない余裕から、じっくりと攻めて確実に試合をすすめていくかも。

そうなると、失点したチームは、流れがない、流れが悪いということになりますし、リードしたチームは、流れがある、流れが良いということになります。

たまたま序盤にミスを連発、という前提なので、一定確率で起こり得るミスが、たまたま序盤に連続する確率の偏りが起きただけで、それは結局、たまたま起きた連続の事象そのものを流れと言ってるだけじゃないの? との反論があるかもしれません。確かに、前提にした、序盤のミス連発に関しては、ランダムの事象がたまたま試合序盤に集中しただけのことなのですが、言いたいのは、その後の試合展開です。

ランダムで起こった事象に影響されて、その後の展開が良くも悪くもなるだろう。ということが言いたいわけです。

 

ホットハンドの誤謬

流れ否定派が、流れ論者を論破したいときによく使われる言葉です。

詳しい説明は、検索してもらえば出てくるのですが、簡単に言うと、前途した、

「いいことが起こった後はそれが連続する気になるけど、統計的にはそんなことなくて気のせいだよ」

ということを言っている言葉です。

 

これは、完全に50%のゲーム、例えばコイントス(トスする人が完全に50%の確率で表ないし裏を出すとする。つまりイカサマとかトスのクセでどちらかに偏ることはない)で、連続的中させ続けたときに、調子がいいから次も当たる! と思ってしまうようなことです。完全50%なので、何回連続的中させようが、50%の確率で的中させ続けただけのことであり、次の試行でも的中確率はやはり50%です。

わかりやすく50%としましたが、確率はなんでもいいです。とにかく、的中を得た後に、その後も連続して起こる気がする、と思ってしまうことがホントハンドの誤謬です。

 

ホットハンドについては、昔、バスケのシュート成功率を集計することで、否定されました。確かフリースロー成功率で集計したのかな。

「シュートを決めた選手はその後のシュート成功率があがる」

と言った監督に対し、そんなことはない、とデータで示したというような経緯だったと思います。(うろ覚えですみません)

 

ところが、最近になって、ホントハンドはやっぱある、という説が支持されています。

「1回目のシュートを決めた後は、2回目の成功率があがる」

と膨大なフリースローのデータから見つけたということです。

 

コイントスも実際は人間がやるとなんらかの要因で偏りが生じる可能性を否定しきれませんが、麻雀とかスロットとか、確率のゲームにおいては、ホットハンドはないと思います。

が、バスケのシュートのように、人間の技量や心理に影響されるようなものは、ホットハンドはあるでしょう。

 

個人的には、ないわけがないとさえ思います。スポーツでも仕事でも、いい調子だ、と自分が実感しているときは、いつもよりいい動き、いい仕事ができ、それがさらに充足感を生んで、さらにいいサイクル(流れ)を生む。ということを経験したことがある人はいると思います。

 

ホットハンドの状態=流れがある状態。とするならば、スポーツなどにおいては、流れというのは存在すると言えます。

 

馬券におけるホットハンド?

確率のゲームでは、ホットハンドはないと書きましたが、本当にそうかなと思う面もあります。

スロットなんかは、人にできることは、レバーオンしてボタンを押すだけなので、ホットハンドになりようもないです。1/8192のGODが連続で引けたとしても、ホットハンドだからではなくて、たまたまその確率を連続で引いただけのことです。どれだけ気合を入れたり、念をこめたり、ランプを根性焼きしたり、台パンしたりしたところで、確率は変わりません。

 

流れ論者と、流れ否定論者の戦いが古くから絶えない麻雀では? 麻雀も突き詰めると確率のゲームであって、牌効率のみを考えて打つのが、最終的にはもっとも良いとされます。

自分としても、結局はそうなんだろうと思います。流れ論者が、流れ的なものを味方につけているような打ち回しで、実際に勝てているとすれば、それはその人にだけ与えられた特殊能力なのだろうと思っています。でも、実際のところ、流れ論者で強い人は、普通に麻雀がうまく、牌効率がどうとか言ってなくても、そのへんの思考はしっかりしているものと思います。全体の状況を鑑みたうえで、ここは俺の流れだ、ここは違う、とかの押し引きが上手なのではないかなと思いもします。

少なくとも、あがった後は、流れがきて配牌がよくなる。なんてのは完全にオカルトです。流れ論者だって、そこを本気で信じている人はあまりいないのではないでしょうか。(いるのかな)

 

しかし、ホットハンドはないでしょうか? あがったことで配牌がよくなることはなくても、あがったことで気分がよくなり、配牌がよく見える、ということはあるかもしれません。

終盤に、大差のトップか、僅差のトップか、僅差のラスか、大差のラスか、で、心の持ちようはかなり変わると思います。逆転を焦ってミスするとか、調子がよくて自分の手作りも相手の河もよく見え、的確な打ち回しができるとか、有り得ると思います。

牌効率だって技術のひとつですし、深い知識が必要なことです。調子がいいときのほうが思考がよく回って、より確実な打ち方ができる、ということはできると思います。

 

馬券におきかえても言えると思います。

1日のはじめに、連続で的中すると、気持ちに余裕が生まれて、次の予想も冴える。ということがないとは言えないでしょう。午前中に不的中が続き、資金が減ると、なんとか当てたいと焦り、普段は買わないような買い方をして、余計にはずして、より流れを悪くする、なんてこともあるかもしれません。

一度馬券が当たった後は、次の的中率があがる。なんてことは言い切れませんが、より良い予想ができる、ということはできる可能性があります。

 

まとめ(前回分も合わせて)

  • この世に流れは存在しない
  • 流れがあるように見えるのは確率の偏り
  • 普段流れと言っているのは起きた事象に対する結果論
  • スポーツにおいて流れはある
  • ホットハンドもあるっぽい
  • ギャンブルでもホットハンドの状態はあるっぽい

 

馬券で勝つためには、いい方向でも悪い方向でも、気持ちをブレさせないことが肝要なので、ホットハンドがあるにしても、それを馬券戦術に役立てるというのは難しいし、予想自体は冴えていても、結果が予想通りに必ずしもならないのが競馬なのですが、思わぬ的中がたまたま続いて、気分が高揚しているときなどに、ホットハンドの知識があることで、無根拠な自信が湧き出てくることを抑える、ということはできるかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です